ダイヤモンドボーリング

昭和46年(1971)/ヨネザワ

ダイヤモンドボーリング 全景

ヨネザワ社製の原型か

本機の出自は少々謎めいている。
20年以上前に私が入手した際の外箱には確かに「ダイヤモンドボーリング」と印刷されていた。
ところがまったく同じサイズ(未確認)・デザイン・構造と思しき商品が「ダイヤモンドベビーボーリング」と表記されたパッケージでも発売されていた。
ここからはまったくの邪推で恐縮だが、要はこういう事ではないか。
昭和46年(1971)、ヨネザワはまず「ダイヤモンドボーリング」という商品名で(もしかすると試験的に)本機をボウリングゲーム市場に投入した。折からのボウリングブームで本機の売上も順調に推移したことにより、同社は急遽(か、あるいは当初から予定されていたか)、大型化してより本格的な機能を付加した上位2機種を、それぞれ「キングボーリング」「クインズボーリング」という名で発売した。
そこでそれら上記機種との差別化の必要を感じた同社は、結果的に普及版に相当する位置づけとなった本機を、小型という意味を込めて「ベビーボーリング」と改称した。
…以上はあくまでも妄想だが、中らずと雖も遠からず、というところではないか。もしそうだとすると、本機こそがヨネザワのボーリングゲームにおける記念碑的作品と言うことができるだろう。
(筆者注:上記文中、一般的な競技・市場という意味では「ボウリング」を用いているが、ヨネザワ製のゲームを表す際には、同社のネーミングを尊重して「ボーリング」と記述している。ややこしいが念のため)

ダイヤモンドボーリング ピンセッティング

はめ込み式

実は現時点(2021年11月8日)で、このアナログゲーム大図鑑に、私が子供の頃、実際に親に買い与えられ、夢中になって遊んだ愛すべき懐かしのボウリングゲームは紹介されていない。
熱心に収集していた当時のかなり後期に当たる時期にようやく念願かなって入手したものの、その頃はすでに「ホームページに掲載する」という熱は少なからず冷めてしまっており(熱しやすく冷めやすい典型的日本人)、またそれまで写真撮影に使用していた場所が諸事情により使えなくなったことも影響しているとうっすら記憶している。
ともあれ、このたびのサイトリニューアルを機に、所持はしているものの未だ紹介していないアナログゲームも、折を見て少しずつ掲載していこうと考えている。どうか長い目で見てやっていただきたい。
前置きが長くなって恐縮だが、何が言いたいのかというと、上のパラパラ写真にある通り、本機のピンセッティングが、当時私が遊んでいた機種と同じシステムを採用している、という点だ。ビンセッターが後ろに反り上がったり、逆に地中に潜ったりすることなく、もちろん倒れたビンを掃き出すスウィーパーも電光掲示板なども付いていない、もっとも原始的で素朴なピンセッティング装置と言えよう。
逆に言えば、リアリティを求めて複雑に進化するピンセッティング装置こそが各社開発陣の腕の見せ所、という側面があったかもしない。E社の画期的な装置を目の当たりにしてN社やY社の開発陣が地団太踏んで口惜しがる-そんな微笑ましい光景を想像するだけで楽しくなる。
嗚呼、あの頃のこの国には、斬新な創意工夫が満ちていた。

ダイヤモンドボーリング 選手人形

泣き笑い選手

ヨネザワお家芸の「顔が真ん中で割れている選手人形」は本機種においても健在だ。
というより先に述べたように、本機が同社ボーリングゲームの嚆矢であるとするならば、顔割れ選手人形の歴史も彼から始まったことになり、それを思うとつとに感慨深い。
後継機キングボーリングにおいては、純日本的な顔立ちに変貌を遂げた男性選手人形も、ここでは日焼けした精悍な顔にロマンスグレーのヘアスタイルがよく似合う、長身痩躯の外国人選手をイメージしているようだ。
しかしこの選手、泣いているのか笑っているのか。その微妙な表情から、一見するとクールな彼の内面を垣間見ることは難しい。 あるいはひょとすると、お手玉式投球方法にすっかり嫌気が差してしまっているのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。
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