デラックス野球盤
昭和45年(1970)/エポック社
記念碑的名作
昭和45年(1970)に発売された本機をもって、野球盤はまた新たなステージに突入した。
加工技術及び設備の発展により、ついに成型プラスチックによる筐体が登場。
思えば昭和33年(1958)に産声を上げた野球盤は家具職人による手作りだった。
その後球場外周の壁面は合板(ベニヤ?)からソフトビニール?へ、投球装置も木工品からブリキへと変遷をたどってきたが、1970年代の到来と時を同じうして、とうとうプラスチック素材が導入された。
ただしグラウンドは相変わらず厚手のボール紙。
プラスチックならでは
何といって本機最大の特長は、
「実際の野球場に見えること」
内外野に設けられた、それも階段状のリアルな観客スタンドが、いやが上にも気分を盛り上げてくれる。
選手人形も成型プラスチック技術の成熟により、従来のヒラメ状の薄っぺらいものから、今日のフィギュアにも通ずる、立体的でリアルな造形へと大変貌を遂げた、
さらに細部に注目すると、本機における選手人形のポーズは内外野で異なる。
内野手はゴロやライナー性の打球に対応すべく腰をグッと落として身構えているのに対し、外野手はそこまで前傾姿勢を取ってはいない。
ちなみに内野手の背番号は「3」、外野手は「12」に統一されている。
投手は「18」、捕手は「27」とくれば、どのチームのどの選手たちを暗示しているのかはオールドファンには一目瞭然。
打撃装置も一新
これまでの打撃は、人差し指で盤面上のバットを本塁の後ろまで引き絞り、投球に合わせて人差し指をバットから離すという、シンプル極まりない方法であった。
それが本機では、バックネット(ないけど)裏のレバーを引くことでバットが引き絞られて打撃体勢に入り、離すと勢いよく回転するというシステムが新たに採用された。
これにより攻撃側プレイヤーはバックネット裏の特等席から球場全体を俯瞰しつつ、打撃のタイミングを計ることが可能になった。
そして、これまでなかった観客席スタンドが設置されたことで、打球判定にも画期的な変更が加えられた。
本機ではグラウンド内にホームランと判定するポケットがない。
外野フェンス越えて文字通り観客席スタンドに飛び込んだ打球だけが本塁打と判定される。
説明書には「ホームランを打つのは難しくなりましたが、タイミングとコース次第で必ず打てます」と書かれている。
しかしこうして実際の野球場と同じように観客席が設けられたことで、打球をスタンドに放り込んだ時の喜びは、子供たちにとって格別なものとなったであろう。
消える魔球導入前の初期野球盤の最終形にして最高傑作と呼んでも決して過言ではない名機の誕生だ。