ビーシーの野球ゲーム
昭和34年(1959)/万代屋
少数派の野球盤
昭和33年(1958)から36年(1961)あたりにかけての、いわば「野球盤黎明期」とも言えるある意味混迷の時代、いくつもの玩具メーカーから似て非なる外観と機能を持つ野球ゲームが発売された。
すでに当サイトでも紹介している
■ニュータイプ野球盤
■テーブルリーグ
■富士野球盤
などが一斉に世に出て覇を競ったが、ほどなくして市場のニーズは企画力・開発力で他を圧倒する盟主・エポック社に収斂されていく。
それから60年以上を経た今日、エポック社製「以外」の野球盤は、高度経済成長というまばゆい時代の谷間にひっそりと咲いたアダ花のごとく、世間から忘れ去られて久しい。
しかし、もちろん絶対数は少なかろうが、当時それら少数派の野球盤に心を躍らせて向き合った、団塊世代のチビッ子たちが存在したのは間違いない。
そんな、いわばマイナー野球盤の極めつけと言えるのが本機。
木枠の筐体は60cm×60cm、サイズはなぜかエポック社の初代野球盤とほぼ同サイズ。
遊び方不明
本機と対峙してまず疑問に思うのが、打球をとらえる「アウト穴」「ヒット穴」がないこと。
だったらいったいどうやって凡打・安打を判定しようというのか。
さらに摩訶不思議なのがマウンドを中心とする直径27cmの透明プラスチック円板の存在。
加えて先端に磁石のついた長さ37cmの木製の棒。
いずれも通常の野球盤ではお目にかかることのない装置と備品だ。
取り扱い説明書がない以上、ここは遊び方を勝手に推理する以外にない。
そこでひと通り選手人形を守備位置に配置し終えると、衝撃の事実が明らかになった。
宙を飛ぶ投球
両チーム共通要員である真っ赤な投手人形の右肘の先に、トイレのつまり取り吸引器のような機具を装着する。
カップ内側の中心部には超小型磁石がはめ込まれている。
一方、ボールはというと、通常の野球盤におけるパチンコ玉のような鉄製とは大きく異なり、直径わずか1cmの極めて軽いプラスチック製で(縫い目まで成形されている芸の細かさ!)、そこにも直径3.5mmほどの超小型磁石が埋め込まれている。(磁石が黒目に見えて、まるで目玉おやじのようだ)
そしてトイレ吸引器とボールの磁石が異なる極であるため、ボールは吸引機にピタッと吸い付く。
守備側がライトスタンド裏にある赤いレバーを引くと投手人形がおもむろに振りかぶり、レバーを離すとボールが投手人形右腕のトイレ吸引機から離れ、打者に向かって飛んでいく。
そう、エポック社をはじめ、他の野球盤における投球はすべてゴロだが、本機における投球は、なんと宙を飛ぶのだ!
余談だがこれよりはるか後年、当サイトでも紹介している、GOGOペースボールという、やはり投球が宙を飛ぶ野球盤が発売されたが、 それが果たして本機へのオマージュを具現化したものなのかは定かではない。
しかし投球用レバーを強く引きすぎるとボールはバッターのはるか上を通過して場外に飛び出る大暴投になってしまう。
打者にうまく当ててもらう(笑)ためには、ほんの少しだけレバーを引いて離すのがよいようだ。
いかんせんボールが小さく軽いので当たればスタンドに向かって一直線、
それを守備側が先端に磁石の付いたスティックで捕球しようというのだろうか?(よく見ると磁石がはめ込まれた赤いプラスチックの先端部はグローブの形状をしている)
となると守備側は左手で投球レバーを操る一方、右手にスティックを持って打球を追うことになる。
忙しいっつの。
だがしかし弾丸ライナーで飛んでくるわずか直径1cmの打球をスティック先端の磁石でダイレクトキャッチするなどと言う芸当は奇跡に近い。
てゆーか無理。
従ってこのスティックは守備用というよりは、ゴロで外野に飛んだ打球の捕球用と考えた方がよさそうだ。
とにかく当たればどこまでも飛び、ともすると、あっという間に紛失してしまうボール。
それを阻止せんがため、観客席スタンドに見立てた壁面パネルが外野全体を覆う。
しかも観客席スタンドの裏側にはごていねいに球場の外観が描かれている。
球場内部の観客席スタンドに目を戻すと、外野フェンスの下部、パリーグの球団名の下に、の「二塁打」「三塁打」「本塁打」の表示がある。
そしてこの球団名と塁打表示部分のプレートは鉄板でできている。
お、これはもしかすると…
試しにボールを鉄板に向けて転がしてみると、案の定、磁石部分が塁打表示プレートにピタリと貼りついた。
そしてその瞬間、謎が謎を呼んできた摩訶不思議な野球盤の極めて難解な遊び方が、突如として明確に浮かび上がってきた。
遊び方推理
投手人形が宙を飛ぶボールを投げ、打者(バット)がそれを打ち返す、ここまではクリアになった。
続いてもっとも肝心な、凡打と安打、塁打の判定方法を推理してみよう。
■打球がほぼ内野全体を覆っている透明円形プラスチックに設けられた大きな空白部にハマって出られなくなると「内野ゴロでアウト」
■打球が透明円形プラスチックの空白部を避けて外野まで辿り着いて止まれば「ヒット」
■打球が外野に飛んでフェンス下部の塁打表示プレートに張りつけば、その表示の「塁打」
そしてもちろん
■打球が場外に消えれば「場外ホームラン」
ちなみに、1塁側ダッグアウト裏にある取っ手を回すと円形透明板が回転する仕組み。
つまり攻撃側(打者側)が円形透明板を回すことで、好きな位置に空白部を移動させる「内野ゴロ逃避シフト」を設定することができるというわけ。
しかしここでもなお、ひとつ疑問が残る。
打球が塁打表示のある鉄板より上部のボール紙でできた観客席に当たってグラウンドに跳ね返った場合はどのように判定するのか。
もし勢いよく跳ね返った打球が内野まで戻ってきて円形透明板の空白部にハマった場合はどうなる?
まさか「ホームラン性の内野ゴロ」というマヌケな判定を下すわけにもいくまい。
ここはやはり当事者以外に、試合進行について絶対的な権限を持つ審判の公平な判定が不可欠だ。
もし当事者だけでゲームを行っていると、打球の判定を巡っていとも簡単に乱闘騒ぎが勃発しよう。
いずれにせよ、リアリティを追求するあまり、結果的にトンデモナク手間のかかるゲームとなってしまっていることは否めまい。
当時本機に熱中した子供たちはすでに齢70を超えているであろうが、ぜひとも体験談を拝聴したいものだ。
ついに遊び方完全解明
■以下 2022.04.17 追記:
上述の本稿執筆時点ではひと通り解明したつもりになっていた遊び方だが、このたび超・貴重な史料を入手した。
それに基づいて、これまでテキトーな当てずっぽうの域を出なかった点も含め、本機の遊び方の完全解明に、改めて取り組んでみる。
まず最初にお詫びかたがたお断りしておくと、上述における
■打球が透明円板の大きな空白部にハマると「内野ゴロでアウト」
■打球が透明円板を越えて外野まで辿り着いて止まれば「ヒット」
■攻撃側(打者側)が円形透明板を回すことで「内野ゴロ逃避シフト」を設定可能
以上は筆者の邪推もいいところ、まったくの間違いであった、面目ない。
改めて、上掲の資料は昭和36年(1961)8月14日に公開された実用新案公報の冒頭部分。
同公報中には下の各図が含まれている。
■第1図:盤面全体図
■第2図:盤面裏
■第5図:投球装置
■第6図:磁石がはめ込まれたボール
■第7図:磁石がはめ込まれた投球装置の先端とそこに吸着するボール
■第9図:磁石がはめ込まれた捕球棒の先端グローブ部分
■第10図:選手を走塁させる円板の構造
以上のイラストから、本機が上掲の実用新案(実願 昭34-7942)に基づいた商品であることは明白だ。
さて、かんじんの遊び方だが、「投げる」「打つ」の基本動作はすでに述べた通りだ。
しかし今ひとつ判然としなかった「透明円板」「捕球棒」の役割と、それを用いた「正しい遊び方」が、この実用新案公報によって、ついに明らかになった。
攻撃側は打撃と同時に打者走者の選手人形を本塁上の透明円板に乗せ、1塁側ダッグアウト裏にある取っ手をできる限り速く回し、選手人形を1塁めがけて全力疾走させる。
一方、守備側は内外野に飛んだ打球の行方へを懸命に追い、捕球棒先端の磁石で捕えたボールで1塁ベースにタッチする。
ただし打球が上の写真のように外野観客席スタンド下の塁打表示板に吸着した場合はその塁打を適用する。
そして透明円板に乗った打者走者が1塁に到達するのが早ければセーフ、
逆に捕球棒の先にあるボールが1塁にタッチするのが早ければアウト、
というルールになっている。
いやはやなんというか、このアクロバティックな遊び方には驚かされる。
通常の野球盤であれば守備側はただ投げるだけ、攻撃側もそれをただ打ち返すだけで完結し、凡打・安打の判定はあくまで打球の行きつく先によって決まる。
それが本機においては、守備側は捕球→塁にタッチ、攻撃側は円板に乗せた選手の走塁という、遊戯者たち自身の手による俊敏な動作の方が、投球・打撃そのものより、はるかに重要な役割を担っているのだ。
この、良くいえばスリリングな、悪くいえば忙しく面倒な遊戯方法が、果たして当時の子供たちに支持されたのか、今となっては知る由ももない。
しかし、本機の後継機がこれ以降発売されなかったところを見ると、おおよその想像はつこう。
ところが話はこれで終わらない。
本機における万代屋の「投球・打球がゴロではなく宙を飛び、選手が走塁するリアルな野球遊戯盤の具現化」という壮大な構想は、この10年後に「選手が自動で走塁する」という、空前絶後の画期的野球ゲームとなって結実することになるのだ。
ここまでくるとまさに「野球盤に歴史あり!」と、声を大にして叫びたくなる。
所詮は、ほとんどの人がその存在すら知らず、誰も何ら興味も関心も抱かない、遠い昔に廃れた野球遊戯盤の遊び方に過ぎない。
しかし、筆者のような物好きがこうして書き残しておかないと、永遠に歴史の闇に埋もれることになってしまうだろう。
■以下 2023.02.21 追記:
本機は2022年11月1日(火)初回放送のテレビ東京「開運!なんでも鑑定団」中「第25回おもちゃ大会」に登場した。