ダイヤモンドホッケー No.900

発売年不明/米沢玩具

ダイヤモンドホッケー No.900 全景

セルロイド筐体

まずは恥ずかしながら最初に訂正から。

本機と同名のダイヤモンドホッケー(昭和34年/米沢玩具)の項で「これ以降、米沢玩具のホッケーゲーム発売は確認されていない」と書いた。

しかし恥ずべきことに、本機の存在が上の当該ページにおける記述が間違いであったことを明確に物語っている。

この場を借りて、お詫びとともに謹んで訂正申し上げる。

発売年こそ不明ながら、本機が上記昭和34年(1959)版の後継機にあたるのは間違いない。

昭和34年版の筐体がずっしり重い合板であったのに対し、本機のそれは薄いクリーム色のセルロイド製。
そして(恐らく補強用として)底にはめこまれているのは、もはや米沢玩具のお家芸ともいえる段ボール。

外箱の表にItem No.900と印刷されているので、昭和34年版と区別するために当サイトでもアイテム名にNo.900を付記することにする。



ダイヤモンドホッケー No.900 ブリキ選手人形

プラ製パックの奪い合い

選手人形は昭和34年版と同様ブリキ製であるのみならず、描かれたイラストまでもがまったく同じだ。

違いと言えば昭和34年版では切り株のような木製であったパックが、本機においてはプラスチック製に代わっている点。
昭和30年代から40年代にかけての高度経済成長に伴う工業生産技術向上の一端が垣間見えるようで興味深い。

しかし、本機と昭和34年版との相違点は単なる筐体の材質だけではない。
選手人形の可動域導線が大きく異なってるのだ。

昭和34年版における守備選手2人の可動域は自軍ゴール近くに限定され、逆に左右2人の攻撃選手の可動域はセンターラインにとどまっており、ゴール近くにはたどり着けない。
これにより守備側と攻撃側の導線は重なることが少なく、そのためパックの保持も比較的容易だった。

ところが本機においてはすべての選手の可動域導線はほぼ同じ位置・同じ長さに変更されている。

一方、ホッケーゲームの選手人形はスティックの分だけサッカーゲームの選手人形より回転時の可動域が広い。
その結果、パックの奪い合いが至るところで発生し、パックをキープすることが著しく困難になる。

スリリングと言えば聞こえはいいが、パック争奪戦の頻発によりゲーム自体が膠着し、そしてやがてはお定まりの大乱闘へと発展するであろうことは想像に難くない。

あ、かえってその方がゲームよりスリリングか(笑)。



ダイヤモンドホッケー No.900 ゴールの鈴

ゴールでチ~ン

本機において新たな装置はゴールに備え付けられた鈴(ベル)。

シュートが決まるとパックが当たった鈴が「チ~ン」と鳴る仕組みだが、実際にはかなり強烈なシュートが決まらない限り、鈴がプレイヤーや審判役の耳にハッキリ聞こえるように鳴ることはなさそうだ。

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