チャンレンジボーリング

昭和46年(1971)/マスダヤ(増田屋)

チャンレンジボーリング 全景

創業3百年以上の老舗も参入

日本全国を狂乱の渦に巻き込んだ昭和46年(1971)ごろのボウリングブームは、享保9年(1724)創業という、超のつく老舗玩具メーカー・増田屋(現・増田屋コーポレーション)をしてボーリングゲームに参入せしめることとなった。
同社は戦前よりブリキ製の玩具を海外に輸出していた。従って本機も自社開発ではなく、ひょっとすると海外メーカーからライセンスを受けて生産したものかとも考えられる(完全に未確認につき事実と異なる点は平にご容赦を)。
私が特に感銘を受けたのがその商品名。当時ボウリングゲーム市場は覇者エポック社をはじめ、ヨネザワ、野村トーイなどの群雄が割拠していた。
すでに成熟しつつあった市場に参入するだけでなく、そこになんとか食い込んで確固たる位置を築こうという意気込みが「チャレンジ」に強く込められてるような気がする。

チャンレンジボーリング 掲示板

味わい深い手書き看板

本機は全長70cmと、ボーリングゲームとしては普及版サイズと言えよう。ピンセッティングもセッターが後ろに反り上がるシンプルな構造で使いやすく、故障も少なかったと思われる。
当時すでに他メーカーの上位機種には派手な電飾や鳴り物入りといった先進的な機能も見られたが、本機は潔く質実剛健を貫く。この手書き風看板もかつて同社がブリキ玩具を得意としていた名残りかと思うと、なんとも味わい深く、そして切ない。

チャンレンジボーリング 選手人形

温和な性格

味わい深いといえばこの選手人形もしかり。
顔の真ん中割れを辛うじて食い止めながらも、どこまでも人の良さそうな温和な表情は、1点を争う勝負に殺伐としがちなプレイヤーの心を和ませ、安心して投球を任せることができる。そしてその結果、たとえイージーなスペアチャンスを逃したとしても、申しわけなさそうに口ごもる彼を責める気にはなれない。
そんな、一見すると気弱そうに見える彼だが、その投球スタイルは至って豪快。右手首に斧のような特殊危惧を装着し、そいつでボールを思いっきりひっぱたくという、お玉競争と並んで反則スレスレ(てゆーかモロ反則)の荒業を披露してくれる、これとてチャレンジ精神の発露か。よく見ると脚部はしっかり割れている。
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