ベースボールゲーム
発売年・メーカー名不明
珍しいブリキ製
またまた謎に満ちた野球盤の登場だ。
24.5cm四方の小型だが、驚くべきことにその筐体はなんとブリキ製。
ブリキ製のアクションゲームといえばサッカーが一世を風靡したが、野球盤にブリキが用いられるのは極めて稀だ。
少なくとも野球盤のリーディングカンパニー・エポック社に限って言えば、その筐体は家具職人による木製に始まり、その後合板~成型プラスチックへと進化したが、ブリキが採用されたことはついぞなかった。
ではこの完全ブリキ製の世にもまれな野球盤、いったいどこのメーカーが、いつ世に出したのか?
残念ながらその疑問を解明する手がかりは本体のどこを探しても残されていない。
ただ、外箱の正面左下に、円内上部に富士山、その下にFUJI Pと記されたマークがある。
そこから筆者お得意の邪推をたくましくすれば、黎明期に発売された「富士野球盤」の後継機と考えられなくもない。
また発売年に関しても、当サイトの熱心な読者にはおなじみのSTマークが外箱に印刷されていないことから、少なくとも昭和41年(1971)以前であろうと思われる。
ちなみに外箱の投手と打者の手首をアップにしたイラストは、時代を考慮するとかなり先鋭的かつ斬新なデザインといえそうだ。
卓越した金属加工技術
盤面は1枚のブリキでできており、打球を収める11か所のポケットはいずれもブリキを凹ませる叩き出し加工?が施されている。
また、素朴なのか不気味なのか判然としない細身過ぎる選手の影付きイラストがブリキの盤面に鮮明にプリントされており、(恐らく)半世紀以上が経過したであろう今日でもまったく色褪せてはいない。
以上のことから、金属加工に関してはまるで素人の筆者でさえそうとわかるような高度な技術が遺憾なく発揮されていると言ってよいだろう。
グラウンドをさまよう打球
一方、ゲーム自体は至ってシンプル。
守備側はバックスクリーン裏のレバーを手前に引いて放すだけ、カーブもシュートも、もちろん消える魔球もなく、もっぱらストライクど真ん中の直球一本やり。
攻撃側も、グルリと回して構えたバットから指を放し、地を這うボールをひっぱたくだけ、まさに野球盤の原風景がここにある。
しかしなかなかの剛速球が投げ込まれるし、それ以上に投手と打者の距離がわずか11cmと短いので、たいていは振り遅れる。
一方、投球が速い分だけひとたびジャストミートすれば打球は驚くべき速度で一気に外野まで到達する。
とはいえ直径2cmほどの浅いすり鉢状の打球捕捉ポケットにスンナリ収まるケースはほとんどなく、打球はいつまでも緑色が眩しい外野をさまようことになり、その判定を巡って場外乱闘大ゲンカへと発展するお決まりの情景が容易に目に浮かぶ。
ともあれ、初めて本機を手にしたとき、たとえ小なりといえども「子供が乱暴に扱っても決して破損しない堅牢な野球盤を作ろう」という製作者の熱意が(恐らく)半世紀以上もの時を得てもなお、ひしひしと伝わってようくるに思えて、ほんの少しだが熱い思いがこみ上げくるの禁じ得なかった。
当時の子供たちでさえほとんど目にすることがなかったであろう、無銘の名刀の如き質実剛健たる佇まいの本機を、今こうして世に知らしめる機会に恵まれた。
時代の波に埋もれた昭和レトロなアナログゲームのいち記録係として、これに勝る幸せはない。